美術館

フィレンツェを訪れ、その総てを満喫するのには最低3週間は必要です。それだけの時間のない方に、このセクションでは、有名な場所を1日で巡るルートを提案します。 もし充分な時間があれば、その雰囲気をより深く味わうこともできます。フィレンツェの都市構造と規模は徒歩での観光に適しています。フィレンツェではどこにいても、歴史記念物、丘の連なり、公園、庭園そして城塞などからなる、素晴らしい眺めが望め、通りには手工芸品を始めとする商店が並びます。アルノ川の向こうの、トラットリアやエノテカが並ぶ地域では、街の本当のスピリットを発見するでしょう。ミケランジェロのダビデ像、ガリレオの遺品。最後には、流行のお店や広場でのフェスタを楽しんでください。

I歴史観光ルート

このルートは、ドゥーモ広場からルネッサンス期の建物が立ち並ぶ地区を通ってシニョリーア広場へ、そして傑作の宝庫であるウフィッツィ美術館、ピッティ宮殿を訪れて終わります。

  • シニョリーア広場(イタリアで最も素晴らしい広場の一つで、執政官の本拠として建てられた力強く簡素な大建造物、壮大なヴェッキオ宮殿、別称シニョリーア宮殿に面し、広場には、ランツイの回廊、“ビアンコーネ”、ネプチューンの噴水があります。
  • ウフィッツィ広場(世界的に名高い芸術品を収集した有名なウフィッツィ宮殿があります。)と、ヴァサーリの回廊、ヴェッキオ橋とアルノ川の見学。
  • ドゥーモ広場からサン・ジョヴァンニ広場に及ぶフィレンツェの中心地。2つの広場にはドゥオーモ、洗礼堂、鐘楼からなる、フィレンツェの一番重要で壮大な宗教建築群があります。
  • サン・ロレンツォ教会と周辺のメルカート、メディチ家の礼拝堂とサンティッシマ・アヌンツィアータ広場。
  • サンタ・マリア・ノヴェッラ教会とギルランダイオの最後の晩餐、最新流行のモーダを扱う店が並ぶ通りとヴェッキオ橋。
  • ピッティ宮殿とパァラティーナ美術館、ボボリ庭園、及び街のパンテオンであるサンタ・クローチェ教会。
ロマンチックなルート

 このルートは、昔の有名な恋人達に関わる場所を巡る愛のルートです。 フィレンツェのロマンチックで見晴らしも良い場所を提案しています。 

  • ヴェッキオ橋 この橋の歴史は1200年代初頭に生きたフィレンツェの若い貴族に関係しています。若きブオンデルモンテ・デ・ブオンデルモンティはその許されぬ愛によって罪を犯し、ここで殺害されました。
  • ダンテ教会 ダンテはこの教会の前で、恋に陥ったベアトリーチェと初めて出会ったと言われています。教会は非常に古く(1032年創建)、内部にベアトリーチェ・ポルテイナーリが埋葬されています。
  • ピッツィコッティの門 毎日曜日、若者達はこの狭い通路に待ち伏せて、サンタ・トリニタ教会へ行き帰りする娘達がここを通過するよう期待しました。門は現存しません。
  • サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会とブルネッレスキのロトンダ 1709年、デンマークの王フェデリコ4世のイタリア特別滞在には、デンマーク王が生涯忘れられなかった、マリア・マッダレーナ・トレンタに再会するという、非常にロマンチックな理由がありました。二人は1692年、ルッカで知り合い恋人同士となりますが、 王はカトリックの女性を王妃に迎える事は出来ないという国策に阻止され、結婚することはできませんでした。フェデリコは祖国で結婚し、マリア・マッダレーナが修道院に入ってから17年後、王は彼女を訪れます。こうして、フェデリコは王となった後、トスカーナを再訪し生涯の恋人に再会したのです。 問題の修道院は、1810年に閉鎖されたサンタ・マリア・デリ・アンジェリ・カマドル派修道院です。有名なロトンダ(現在はフィレンツェ大学の語学教室)はブルネッレスキの設計です。
  • ヴェッキオ宮殿内エレオノーラの間 この部屋はコジモ1世により、その愛する妻エレオノーラの為、サビーニ、ペネロペ、グアルドラダなど、偉大な女性や徳の高い女性のストリーで装飾されました。部屋は大公妃の住居で、ヴェッキオ宮殿の見学ルートの一部となっています。フィレンツェのロマンチックな場所を巡るルートの中で、見晴らしも良い所です。
  • ヴェッキオ宮殿の中庭 中庭にはオーストリアの都市の風景を描いた素晴らしいフレスコ画があります。 コジモ1世が、息子のフランチェスコとオーストリアのジョアンナ王女が結婚した際、ジョアンナが外国の地でも祖国と同じように過ごせるようにと描かせたものです。
  • サンタ・クローチェ教会 1777年の事、ヴィットリオ・アルフィエリとって一生を左右する出会いがありました。実際彼はアルバニーの伯爵夫人ルイーザ・ストルベルグにであったのです。アルバニーの伯爵夫人ルイーザ・ストルベルグはフィレンツェで、有名で人の出入りも多い文学サロンを開いていました。そこで生まれたアルフィエリとの関係は彼が死ぬまで続き、それを持って不安定な愛情関係も終わりをつげました。
  • ベッロスグアルド ヴィッラ・トッリチェッラに数ヶ月の間滞在した詩人のウーゴ・フォスコロは、ここで創作した頌詩“レ・グラツィエ(恩寵)”(1813年)を、恋人のクイリーナ・モチェンニ・マジョッティに捧げました。
  • ヴィッラ・ポルツンコラとヴィッラ・ラ・カッポンチーナ 1989年から1909年の間フィレンツェに住んだガブリエレ・ダヌンツィオは、その時期、女優のエレオノーラ・ドィーセと関係がありました。ここで創作した本“イル・フオーコ(火)”は、彼等の情熱的な関係を描写していた為、1900年エレオノーラ・ドィーセの許可の下に出版されました。
  • ピッティ宮殿 ロマンチックな場所と言えば、ボボリの庭園、特に、騎士の庭園と、ジャンボローニャ作の彫刻、テセオとエレナ及びヴィーナスのあるブオンタレンティの洞窟があげられるでしょう。
手工芸を巡るルート

フィレンツェは、伝統的のある古い工房があるおかげで、貴重な芸術的手工芸を誇る街となっています。 このルートでは、美術館や教会、芸術的記念物ではないもう一つのフィレンツェ、オルトラルノの伝統的な職人街へご案内しましょう。 古い大衆地区のオルトラルノは、手作業を基盤とする手工芸のマエストロの工房や小さな工場からなる迷路のようで、それはまさに本物の伝統的財産です。この貴重な地区のわずかなニュアンスも逃さないように、このルートは歩いて巡るのが理想的です。